沖縄 陶芸体験 漆喰シーサー作りしょっ
南部なちゅら店

福井県 陶芸体験,学習,教室,漆喰シーサー作り,沖縄観光しょっ!

全国には数百箇所にも上る教室があります。教室のスタイルもいろいろ
ご自分にあった教室が見つかると思います。

全国の体験陶芸、教室一覧

福島県 陶芸教室、体験

教室名   住所    電話番号

磐梯陶房・陶芸教室 福島県磐梯町磐梯七ツ森7423-17 0242-73-2575
明月窯長橋陶器店 福島県双葉郡浪江町大字大堀字後畑10-2 0240-35-4237  
忘山庵 福島県伊達郡国見町大字徳江字前原22 024-585-1112  
長橋陶器店 福島県双葉郡浪江町大字大堀字後畑10-2 0240-35-4237
陶芸の杜おおぼり 福島県双葉郡浪江町大字大堀字大堀37 0240-35-4917  
陶芸工房丹庵 福島県福島市岡部字内川原79-1 024-533-2626
陶芸喫茶RAPIN 福島県福島市新町8-8 024-522-3055  
つち工房 福島県郡山市逢瀬町多田野字北刎土原75-7 024-957-3588  
相馬中乃郷焼入道窯陶芸教室 福島県南相馬市原町区馬場字大谷地55-5 0244-24-4997
jkデザイン 福島県福島市豊田4-3 024-528-0322  
三笑窯 福島県大沼郡昭和村大字大芦字赤坂山4894-92 0246-62-6272  
樹ノ音工房 福島県大沼郡会津美里町字瀬戸町3272-1 0242-56-5098
喜山 福島県いわき市錦町鈴鹿17 0246-62-6272  
キクタ陶芸所 福島県郡山市喜久田町堀之内字堀内123 024-959-2323
窯蔵陶芸倶楽部 福島県郡山市並木1丁目2-15 024-934-6501
月十窯 福島県郡山市逢瀬町多田野字新池下25-1 024-957-3970
片岡哲 福島県郡山市逢瀬町多田野字新池下25-1 024-957-3970
岩代焼東岳窯 福島県二本松市小浜字新町26-2 0243-55-2136  
今泉女子専門学校 福島県郡山市大町1丁目2-3 024-932-0429
会津慶山焼窯元香山 福島県会津若松市東山町大字石山字天寧67 0242-26-2507
長橋陶器店 福島県双葉郡浪江町大字大堀字後畑10-2 0240-35-4237

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●大堀相馬焼
大堀相馬焼(おおぼりそうまやき)は、福島県浜通り北部の浪江町大堀で焼かれる陶器である。略称として大堀焼(おおぼりやき)ともいう。
歴史
江戸時代の元禄年間に、中村藩士の半谷休閑が大堀(浪江町大堀)で陶土を発見し、下男の左馬に命じて日用雑器を焼き始めたのが始まり。浜通り北部は江戸時代の中村藩であり、中村藩は相馬野馬追の伝統を有する為、藩主相馬氏の家紋から繋ぎ駒や走り駒が意匠となっており、縁起物として好まれる。
中村城下(相馬市中村)の相馬駒焼は藩主相馬氏への献上品として親しまれたのに対して、この大堀相馬焼は大衆向けの民窯として親しまれた。とりわけ、中村藩は陶磁器を特産物として奨励したため、江戸時代末期には100軒近い窯元が誕生し、中には農作との兼業も見受けられた。
大堀焼は戊辰戦争後にすっかり衰えたが、第二次世界大戦後に再興し、1978年には国の伝統的工芸品の指定を受けた。又、大堀焼から連想して2000年代後半に生まれた名産品が、なみえ焼きそばである。
しかし、2011年3月の福島第一原子力発電所事故により、福島第一原発から10kmに位置していた大堀は強制退去を余儀なくされ、協同組合もろとも二本松の小沢工業団地内に移転した。
特徴
青ひび
鈍色の器面に広がる不定型なひびのことで、鉄分を含んだ釉薬を用い、還元炎焼成後に冷却するために生じる。その後、ひびに墨を塗り込むために黒く見える。
走り駒
大堀相馬焼の特徴でもある意匠。走り駒とは名の如く、疾駆する馬のこと。
二重焼
大堀相馬焼の湯呑みは冷めにくいといわれるが、その原理に相当する技術。轆轤による成形の段階で、外側と内側を作っておき、焼成前に被せることで行われる。この技術を用いた焼き物は大堀相馬焼以外ではまず見られない。

●会津本郷焼
会津本郷焼(あいづほんごうやき)とは、福島県会津美里町(旧会津本郷町)周辺を産地とする陶器及び陶磁器である。会津本郷せと市が毎年8月第一日曜日に開かれている。
歴史
1593年に領主である蒲生氏郷が薩摩国から瓦工を呼んで鶴ヶ城の屋根瓦を製造させたのが始まりである。17世紀中頃に藩主の保科正之の求めに応じて瀬戸から陶工・水野源左衛門が呼ばれて本格的に焼き物の基礎を築いた。1800年には有田や京都で学んだ佐藤伊兵衛が磁器の製法を伝え現在の会津本郷焼の原型が完成する。現在は大堀相馬焼(福島県双葉郡浪江町)についで窯元17と東北2位の規模を誇る、1993年には通商産業省から伝統的工芸品産地として指定される。
特徴
会津本郷焼で使われる釉薬に「飴釉」がある。飴釉は文字通り飴色で光沢を持っている。この飴釉を使った代表的な陶器が「鰊鉢」で古くからニシンの山椒漬けに使われてきた。 また、磁器を製作している窯元も多いが、とりわけ会津藩主保科正之が弓隊を配し開拓させた集落地である御弓新田(現在の新町)の唯一の磁器の窯元となった佐竹富太郎の次男富三郎が明治5年に分家し、富三窯を開窯し、4代目富三は、日本原産の花椿をモチーフにし、染付の技術技法とともに会津焼の伝統を現代に生かすデザインを創案した。

●会津慶山焼
会津慶山焼(あいづけいざんやき)は福島県会津若松市で焼かれる陶器である。文禄元年、当時の藩主であった蒲生氏郷が、若松城の前身である黒川城に屋根瓦をふく際に、唐津から陶工を招いて焼かせたのが始まりといわれる。近代に入り、慶山焼は瓦、れんが、土管などの大がかりな資材を焼く一方で、ねり鉢や丼鉢、植木鉢、茶器、日常生活に欠かせない焼き物全般を制作していたが、戦後まもなくに途絶えてしまった。
現在の会津慶山焼は、1974年に窯元「香山」(現在は”やま陶”)が復興させたものである。復興後はもっぱら湯呑みや茶器・花器などを焼いているが、観光地でもあるために土産物も多い。昔ながらの手ひねりや灰釉などの伝統的な製法・技法は堅持しながらも、ビールジョッキ、コーヒーカップなど感覚の新しい作品も数多く作っている。また、平成9年3月31日に福島県から県の伝統的工芸品に指定されている。

●相馬駒焼
相馬駒焼(そうまこまやき)とは、福島県相馬地方に産する陶器。相馬焼ともいう。茶器類が多く後に走馬を描き、駒焼き(こまやき)ともいう。
歴史
1648年(慶安元年)、京都の仁清のもとで修行した陶芸家、田代源吾右衛門(のちに清治右衛門と改名)が相馬郡中村(現相馬市)に開窯。以後、相馬藩の御用窯として手厚く保護された後、現代に至る。

●二本松万古焼
二本松万古焼(にほんまつばんこやき[1])は、福島県二本松市で焼かれている陶磁器。
歴史
嘉永6年(1853年)二本松藩主が、京都から陶工を呼びよせ、下級武士の副業として教えたのが製作の開始と伝えられる。
現在、1軒が残るのみ。
その他
独自の製法で地元の粘土を使いつくられている。
焼き上がりの色あいと、指でつけた梅花模様に特徴がある。

●田島松万古焼