沖縄 陶芸体験 漆喰シーサー作りしょっ
南部なちゅら店

愛媛県 陶芸体験,学習,教室,漆喰シーサー作り,沖縄観光しょっ!

全国には数百箇所にも上る教室があります。教室のスタイルもいろいろ
ご自分にあった教室が見つかると思います。

全国の体験陶芸、教室一覧

愛媛県 陶芸教室、体験

教室名    住所     電話番号
陶芸教室 Sunday 陶磁工房 愛媛県松山市浄瑠璃町8 089-963-0283
生子窯 愛媛県新居浜市中筋町2丁目6-13 0897-40-1356
さんき会 愛媛県伊予郡砥部町川登1070 089-962-7899  
さくら陶芸教室 愛媛県今治市北鳥生町5丁目227-5 0898-31-6072  
GoGo・English・ふじ窯 愛媛県伊予郡松前町大字西高柳108-7 089-985-3444  
工房びびあん 愛媛県松山市道後湯月町4-30 089-941-3714  
ギャラリー無邪気庵 愛媛県松山市畑寺2丁目14-24 089-932-7847  
ギャラリー美茶器 愛媛県西条市喜多川853 0897-55-1270  
絵夢アート 愛媛県喜多郡内子町五十崎甲786-7 0893-44-6199  
有楽陶芸倶楽部 愛媛県松山市平井町2287 089-976-7113  
麻工房 愛媛県伊予郡砥部町五本松885-23 089-962-4863

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●砥部焼
砥部焼(とべやき)は、愛媛県砥部町を中心に作られる陶磁器である。一般には、食器、花器等が多い。愛媛県指定無形文化財。別名喧嘩器とも呼ばれる。
後背の山地から良質の陶石が産出されていたことから、大洲藩の庇護のもと、発展を遂げた。
やや厚手の白磁に、呉須と呼ばれる薄い藍色の手書きの図案が特徴。砥部焼の多くは手作り成形のため、全国的に見ても決して大産地や有名産地ではないが、独特の風合いが愛好家に評価されている。
なお、近年ブームの讃岐うどんの器としても砥部焼はよく用いられる。
歩み
砥部焼は、大洲藩・九代藩主、加藤泰候(かとう やすとき)の時代に、藩の財政を立て直すため、砥石くずを使った磁器づくりを命じたことに起源を発するといわれている。命じられた杉野丈助(すぎの じょうすけ)が砥部の五本松という所に登り窯を据え、苦労の末に1777年(安政6年)にようやく白地に藍色の焼き物作りに成功したといわれる。焼き物に必要な薪も近くの山々で豊富に採れたうえ、傾斜地に流れる渓流や小川は水車を据えるのに適しており、原料の砥石を砕き陶土にするのに盛んに用いられた。
嘉永元年(1848年)、トンバリと呼ばれるレンガ造の窯が導入される。
明治期に入ると、廃藩置県により、工芸技術者の行き来が盛んになり、それまで各藩が抱え込み、門外不出とされた陶磁器作りの技術が流出し、瀬戸や唐津、あるいは京都などの当時の先進地の情報が砥部にもたらされるようになり、砥部焼も量産が可能となった。明治5年頃からは松前(現在の伊予郡松前町)の唐津船で、販路を全国へと広げていった。もともと、松前は海に面しており、小船を生かし沿岸の街を行き来する商人が居た。ただ、松前は松山藩、砥部は大洲藩であり、住民の交流は乏しかったが、松前の商人が砥部焼の商品性に着目し、商品として扱うよう求めたものであり、これも廃藩置県の一つの副次効果といえる。
その後、輸出商品として、郡中港(現在の伊予港(伊予市))から出荷された時期もあった。
1976年(昭和51年)12月15日に通商産業省(現・経済産業省)の伝統的工芸品に指定された。焼き物は6番目に指定されている。
今日では、独立して窯を開く職人もみられ、また女性作家も増えているなど、日用工芸品としての道を歩んでいる。2005年(平成17年)12月27日愛媛県指定無形文化財。技術保持者として、酒井芳美(雅号・芳人、砥部町五本松)が認定される。

●楽山焼
楽山焼(らくざんやき)は愛媛県松山市で焼かれる陶器である。延宝6年(1678年)に陶工の倉崎権兵衛が、二代目松山藩主松平綱隆の命により窯場を開いたのが始まりである。そして三代目藩主であった松平定長が「あな寒しかくれ家いそげ霜の蟹」と興じたことに甚く感銘を受けた権兵衛が、それに因んで蟹の紋様を入れるようになったといわれる。今日でもこの蟹の紋様が楽山焼最大の特徴であり、激流に棲む蟹の勇壮さが引き立つ。
なお、松江藩の御用窯であった楽山焼とは全く関係ない。

●水月焼